スペシャル対談

スペシャル対談 スペシャル対談

曹洞宗大本山永平寺と福井銀行は、創立者市橋保治郎以来のつながりがあります。 現在修行道場継承のための「禅の里」事業を進める永平寺監院の小林昌道老師を迎え、それぞれの福井での存在意義や、地方創生の在り方、そして人財育成、今後の役割について語っていただきました。

金融業は命を奪わず、人を生かせる産業

 永平寺の山内には「福井銀行之墓」があります。 昭和30年に、創立者 市橋保治郎と在職中に物故した役職員の精霊を祭ったのが始まりです。 以来、毎年秋に法要していただいています。

小林 永平寺は約770年前に、波多野義重公の勧めによって京都からこの地に移りました。 福井銀行とのお付き合いは、戦後の昭和21年に、七十三代目禅師である熊沢泰禅禅師と市橋保治郎氏とのつながり以来になります。 永平寺は過去に何度も火災にあっている中で伽藍の消失などもあり、復興のために福井銀行にご支援いただいたのが始まりです。
永平寺は禅宗の修行道場であり、全国の門末寺院から志す150名程の雲水たちが厳しい修行を積んでいます。 永平寺が安全で安心な修行の場であるため、どのように伽藍を維持していくか、どのように経営を安定させるかはいつの時代も大事なことでした。

林正博

 当行は明治32年に創立されましたが、発起人および役員が全員地主という珍しい形態を持っています。 これは、地主の蓄積した資本を結集し、地元産業の育成・発展に運用したいという創立者 市橋保治郎の考えによるものです。 当時は、繊維産業が盛んになり始めた頃で、そこに資金を提供して地元企業を育成してきたわけです。以来、地域との関わりを大事にしてきました。 昭和23年の福井大地震では当行の建物も損害を受けるなど、危機的な状況に陥りましたが、福井大地震の翌日に震災復旧資金共同融資団を結成し、地域経済の復興に全力で取り組んできました。 その結果、地域経済が立ち直るのに伴って当行も立ち直ってきました。 当行の存在は、地元経済を抜きには考えられません。

小林 人は毎日、生きていくために何かしら命を奪っています。 しかし、金融業というのは命を奪わない産業です。 金融の在り方というのはとても大事で、金融は人を生かせるものだと思います。

産・学・官をつなぎ、地域経済の活性化を支援

 現在進行中の中期経営計画では、金融サービスを通して地域の「働く人」「働く場所」を増やしていくことをテーマとし、自治体や地元企業と連携して様々な取組みを行っています。 例えば、福井駅前再開発もそうですし、地元企業の創業支援や経営改善などを通じ、持続的な福井経済の成長に寄与していければと考えています。 一方で、福井県は幸福度ランキングや学力ランキングでは上位に位置していますが、進学や就職を機に地元を離れる人が多いのがとても残念です。

小林 福井には、神仏習合が色濃く残っています。 そして、森林資源も非常に豊富です。福井の方はそれがあたりまえにあるので、気づかない。それで都会に行ってしまう。 都会から若い人を呼び戻すということではなく、福井には日本で唯一無二のものがあるということがわかれば、人は自然に戻ってくるのではないでしょうか。 その核に永平寺がなれればと思い、平成25年より「禅の里」事業を推進しています。
元国土事務次官で、阪神・淡路復興委員会の委員長を務めた下河辺淳さんの『戦後国土計画への証言』の中で、国土計画策定には3つの観点があると述べており、第1は「国土構造の変革」で人体で言うと骨格の部分、第2は「地域の活性化」で体の細胞、老若男女それぞれが生きがいを感ずる社会、そして第3は「人間と自然との共生」です。 共生は我々の考えと通ずるものがあり、そこに宗教の意義があります。 しかし、福井を良くするためには、みんなで力を合わせることが必要です。 金融は血液であり、お金を回すことで経済が回る、それが早いほど活性化していく。 細胞と細胞をつなげ、元気な人たちをつないでいただく。 それが金融機関の役割ではないかと思います。

 当行には、多くの地元企業の情報が集まりますし、大学の研究成果などを企業とつなげることもできます。 そういう意味では、今後も産・学・官をつなぐ核として、地域経済の活性化にお役に立てればと思います。

人財育成は御開山以来約770年に及ぶ生命線

 永平寺には修行の方が沢山来られていますが、育成で大事にされていることはありますか。

小林 永平寺は全国1万5,000におよぶ曹洞宗の大本山であり、永平寺の存在意義は、人財育成にあります。 約770年前、御開山※は中国から禅を学ばれて帰り、京都からこの地に移りました。 そのとき胸に抱いていたのは、人財育成をして、わが宗を途絶えさせないということでした。 禅の教え、仏の教えを体現できる人財があらゆる地域にいてこそ、社会が安定し、平和が保たれる。 そういう信念を持って700年以上続けてきたわけですから、人財育成は生命線です。
「世俗の紅塵、飛んで至らず」という道元禅師の言葉があります。修行の世界には社会の動きは入らない。 しかし、経営という面では社会の動きがわからないといけません。 自転車に例えると、理念という前輪がないと、どう進んでいけばいいかわからないし、うまく進めません。 一方で、人財育成や教育にはお金がかかりますので、経済活動という後押しをする後輪も必要です。 広い目で、変わらなければならないものと、変わってはならないものを見極めていくことが大切です。 変わってはならないものは仏法という世界ですが、私自身は、それ以外は変わってもいいと思っています。

※寺院の開創者を敬っていう語。ここでは道元禅師を指す。

 先日、滋賀県の近江商人の話で、ある老舗企業の方から、伝統は革新の連続であるということを聞きました。 「伝統だけで生き残ってきたわけではない。そのとき、そのときで変わってきたから、長寿企業として残って来られたのだ」と言うのです。 今の老師のお話しを聞いて、そういうことなのだと思いました。

小林 坐禅というのは「今、ここを生きる訓練」をすることです。 今、ここを生きるには、物事を深く見つめ、理解しなくてはいけません。 昔は一面的だったものも、現代という社会は重層的になってきていますから、より深い理解が必要になっているのです。

小林昌道

 日本企業もコーポレートガバナンス改革を通じて稼ぐ力を高めることを求められており、当行はそれに先駆けて平成19年より「委員会設置会社」に移行していますが、非常に良い形になってきているのを感じています。 社外取締役からの意見は非常に新鮮で、気づきもあります。組織を形骸化させず、うまく機能させることが重要だと実感しています。

今、銀行に求められる役割も変わってきている

 日本経済が成熟する中で、銀行に求められる役割も変わってきています。 現在は、福井の人口減少を食い止め、地域経済を活性化させることが求められています。 そのためには、より付加価値の高いサービスを提供する必要があると考え、一昨年から職員の行動の質を底上げする行内活性化プロジェクトに取り組んでいます。 また、「働き方改革」の一環として、女性職員の活躍機会拡大を図るための組織的な取組みも進めています。 今は、夜遅くまで働くことがいいという時代ではありません。 効率的に仕事を進め、空いた時間を大切な家族のために使う、自分の成長のために使う。一人ひとりの意識改革を含め、そういったことが大切になっています。

小林 聖徳太子は十七条の憲法の第二条に「篤(あつ)く三宝を敬え」ということを入れています。 三宝というのは、仏・法・僧で、仏様とその教え、そして僧です。これを三つの宝として敬えと言っています。 ただし、僧というのは、良き相談相手としての組織ということで、突出した一人の人財を敬うことではありません。 永平寺として御開山の原点に立つと、ここは御開山に選ばれた土地であり、福井のみなさまは御開山に選ばれた人方々と言っても過言ではありません。 その心に立ち返り、地元の人たちとの関わりをさらに密にして、みなさまと一緒に歩んでいくことが大切だと考えています。

 今、各界の様々な人たちが福井を良くしていこうということで気運が高まっています。 老師からそのようなお言葉をいただいて心強く感じました。私たちもみなさまの期待に応えられるようできる限りのことをさせていただければと思っています。本日はありがとうございました。

小林昌道老師 プロフィール

平成28年4月、大本山永平寺 監院に就任。平成25年より「禅の里」事業を推進。 昭和61年から平成元年まで大本山永平寺にて修行を行った後、平成3年より東京別院にて副悦、知客などを経て平成18年より大本山永平寺の受処主事に就任。 参務、尚事、副監院を経て現職。昭和38年群馬県生まれ。群馬県利根郡みなかみ町 徳巖寺 住職も務めている。