頭取インタビュー

創業家一族以外の頭取誕生から5年、新たな頭取を迎える福井銀行。
混沌とした世の中に漕ぎ出した“ 林号”の羅針盤が指す方向には、これまで福井銀行を支えてきた創立時の思いを寄る辺としながら、福井という地域の幸せと、伸び行く企業が目指す未来の光がある。

地域活性化のために原点回帰

苦手から逃げずに自分の意識で乗り越える

お恥ずかしい話、高校を卒業したら福井には戻らないでおこうと思っていました。大学生のときの就職活動も大阪がメインで。両親から「福井に戻ってこい」と言われてどこか就職活動をしようと選んだのが福井銀行でした。実際、福井での就職活動は福井銀行だけだったんですよ。大阪と福井、どちらにしようか迷いましたが、やはり親のことも、と思い福井に決めたのです。

新入行員はまず窓口業務など預金業務からスタートするのですが、私は貸付業務からキャリアをスタートしています。その後、外交、外国為替、そして預金と早いうちに銀行業務を一通り経験させてもらったのは、その後の銀行生活の基盤となりました。銀行業務は大きく分けて4つ、預金、貸付、外為、外交があります。今でこそローテーション的に全業務を巡るのですが、当時は全業務を巡ることなどあまりありませんでした。ある意味恵まれていたな、と思っています。

入行してすぐの頃でした。外交の仕事に携わったとき、本当に苦手なお客さまがいらっしゃって。普通の精神状態なら避けるようにしますよね。しかし銀行に電話がかかってくるほど、頻繁に顔を合わせなければならないお客さまでもありました。ならばと、苦手を克服するためにも電話がかかってくる前から頻繁にお客さまのところに顔を出すようにしました。もちろん苦手な顔はしませんでしたよ。お客さまはお客さまですし。しかしそれを繰り返していくと、こちらから苦手意識がなくなっていきます。そうなればお客さまもこちらに対して苦手な雰囲気がなくなっていきます。それが初めての外交のお客さまだったから、ここを克服しなければ、という思いもありましたし、「苦手は乗り越えることができる」ということを学びました

一つの大きな目標が団結力を生み出す

あと、新人の頃は挨拶の大切さを教えられました。行員は朝職場に入ったら一人ひとりと挨拶するのを常としていますが、そのときは遅刻気味で、気まずさもあってそそくさと挨拶をしたら、支店長から別室に呼ばれてこっぴどく怒られました。挨拶は社会人として、人間として基本中の基本。それをおろそかにしてはいけないということを最初に教わりました。ちなみにこのときの支店長は前々頭取の市橋さんだったんです(笑)。

その後、東京の国際部にて外国為替業務の部署に配属され、バブル華やかな時代に花形部署だったこともあり、忙しさも楽しさも最高潮でしたよ。普通はその後福井に戻るのですが、京都に異動になります。東京から京都、という異動ルートも特別といえば特別でした。京都支店では支店長代理に昇格しました。そのとき支店長からどの業務を担当したいかと問われ、即座に未経験の預金業務と答えました。入行すると大体最初の部署として預金業務に関わるのですが、32歳になって初めて預金業務に携わることになりました。それとともに銀行のマネジメントにも関わるようになったのです。大勢の部下を持つなんて初めてのことなので、迷うこともありました。ただ、このとき感じたのは、「一つの大きな目標を掲げればまとまりやすい」ということです。当時残業が多く、周囲の金融機関には労働基準監督署が抜き打ちで調査に来ていたんです。うちに来るのも時間の問題。ならば全行員挙げて残業を減らす努力をしよう、と目標を掲げました。キツかったけど楽しかったですね。新人もベテランもみんなで工夫しました。新人は得てして仕事に慣れていないからミスも連発します。しかしそこは怒らずに長い目で見守ることに徹しました。自身もマネジメントは初めてのことでしたし、人を育てるのに根気が必要だということも感じていましたし。

その後、福井中央支店の開設準備委員を経て、本部へ。総務、財務、株主総会担当などを経験した後に、当時重要度が増していた法務室の初代室長を経験します。前任者がいない役職を歴任してきたわけです。だから昨年11月に伊東頭取に呼ばれたときはまた新しい部署かと思ったら頭取への打診。まさに青天の霹靂でした

地域活性化のために原点回帰 福井にはまだまだ伸びる余地がある

福井の活性化は始まったばかり

福井は人口が減少してマーケットも縮小していき、今までのような市場の在り方は通用しなくなっていきます。しかし、私たちは縮小するつもりはありません。銀行として地域活性化に寄与するスタンスを取っていくつもりです。地域活性化に必要なのは「人」。つまり、人を増やすために雇用を生むことが必要です。起業を支援する、企業の発展をお手伝いする、企業を誘致する、そういった銀行だからできることをどんどん進めていこうと思います。

これからの福井を考えると、観光が成長産業になっていくと思います。観光地だけの話ではなく、伝統産業や文化、普段私たちが食べている食事や、当たり前のようにある自然も、観光の対象になり得ます。身近にあり過ぎてわかりづらいですが、福井には魅力的なものが揃っていると思っています。中京・関西地区にも近いという優位性がありますし、インフラの整備とともにこのまま知名度が上がっていけば、十分に観光客を誘致できます。

さらに、福井の基幹産業技術が新しい産業として発展していくこともあります。例えばめがね産業のチタン加工技術。全国に先駆けてめがねにチタンを使用したのですが、「難加工材」と言われる素材を技術者のたゆまぬ努力によって、全国屈指の精密な加工技術力を生み出しました。その技術を生かして医療など、めがね以外の分野への応用が進んでいます。さらに繊維メーカーも今ではさまざまな分野に進出して業績を上げていますし、繊維産業から派生したメーカーで、繊維以外の事業を展開する企業は数多くあります。今は落ち込んでいるように見えますが、これまで積み重ねたノウハウは、視点を変えていくと伸びていく余地は十分にあるのです

元々福井銀行も繊維産業が発達する中で生まれた経緯があります。明治32年、繊維関係の小さい企業がお金を借りられない状況があり、それならばと地域の人たちが集まって福井銀行を作ったのです。すべては地域の発展のために。今回就任に当たって創立時の想いを当行の理念として明確にしたのは、福井銀行としての〝原点回帰〞を宣言するためであり、行員が同じ方向へ進むためなのです。「地域産業の育成・発展と地域に暮らす人々の豊かな生活の実現」、この企業理念を掲げ、より地域に根差した支援を進めていくつもりです。小さくても素晴らしい会社は福井にあるし、そういった会社を応援することで、共に福井の地域活性化を盛り上げていきます。

潤滑油の役割でお客さまと成長していく

現在、福井銀行として福井市・越前市・敦賀市・大野市・勝山市・小浜市・美浜町との連携協定や県内各自治体と連携強化を進めており、創業支援や企業誘致などのサポートをしています。当行本支店はほぼ全県下をカバーさせていただいているので、今後市町間の連携を支援する潤滑油のような役割を務めていきたいと思っています。今、北陸新幹線開業で金沢は盛り上がっていますよね。それは時間をかけて石川県を挙げてずっと準備してきた賜物であり、その結果、開業後も多くの観光客を誘致できています。敦賀駅への延伸はあと7年。本当に今から進めないと間に合わなくなります。市町単位でコトを進めるよりも、団結して〝チーム福井〞として進めるほうが各地への誘客にもつながりますし、地域活性化のきっかけにもなります。

さらに福井だけでなく全国、そして海外への進出を支援するために東京をはじめ7都府県に支店を構え、2014年にはバンコク駐在員事務所を設けました。東南アジアをカバーし、福井の企業がアジアで活躍するサポートをさせていただきたいと思っています。

相手を大切に思う「誠実」、そして強い信念で最後まであきらめない「情熱」を胸に、実際に「行動」で示す。この行動理念に沿ってお客さまの成長を見守っていきたいと思っています。

(月刊URALA 2015年12月号掲載)